第4章 チュートリアル、実装ガイドの作成

EPUB 3.0の普及を促進することが急務となる。この目的のために本プロジェクトでは、以下の2種類のドキュメントを作成した。

EPUB日本語文書作成チュートリアル
対象:コンテンツ制作者
説明:コンテンツ制作者とは、EPUBのフォーマットに従った出版物を制作する人または組織を指す。このドキュメントはEPUB 3.0のフォーマットに従ったコンテンツの制作方法をについて解説している。本書には付属資料4として収録した。


EPUB日本語文書対応Reading System実装ガイドライン
対象:開発者
説明:Reading SystemはEPUBを表示する、ソフトウェアならびにハードウェア装置を指すEPUBの仕様上の用語である。我が国ではビューワやブックリーダなどの名称で呼ばれることが多い。このドキュメントはReading Systemの開発者に向けて、日本語のコンテンツを表示する上での望ましい実装方法を示している。本書には付属資料5として収録した。

4.1 EPUB日本語文書作成チュートリアル

4.1.1 背景と目的

既に述べたとおり、EPUBを構成する技術の多くはウェブ標準と呼ばれるインターネットの分野で用いられるものであり、コンテンツの制作に要するスキルもウェブサイトの制作に近いと言うことができる。しかしながら、紙の出版物とウェブはこれまで互いに縁の薄かった分野であったばかりか、しばしば「紙の出版物が担ってきた役割がウェブに奪われる」という言説に代表されるように、両者は対立するものとして位置づけられることすらあった。

EPUBのコンテンツの制作は、出版産業に従事する者にとってもインターネット産業に従事する者にとっても、これまでとは異質なスキルが求められることになる。出版産業の分野で用いられてきたDTPをはじめとするスキルは、必ずしもEPUBのコンテンツ制作に直接利用できるものではない。反対にインターネット産業に従事するものにとっても、出版物の制作スキルや「出版文化」という言葉に代表される制度や慣習は馴染みの薄いものである。

さらに、EPUB 3.0の仕様で採用された縦書きをはじめとする日本語組版に関わるCSSのプロパティの中には、W3Cによる勧告に至っていないため現在のウェブサイト制作において利用されていないものもある。これらのプロパティはウェブサイトの制作の分野でもノウハウが蓄積されているとは言い難い。

以上のような背景により、EPUB 3.0の策定によって日本語の出版物のレイアウトが表現可能になったとしても、その制作方法に関する知見が共有されず、結果としてコンテンツの供給が遅れることが危惧される。EPUB 3.0のコンテンツが供給され普及するには、制作に関わるより多くの人がEPUB 3.0への理解を深め、制作方法を身につけてもらう必要がある。EPUB日本語文書作成チュートリアルは、このような目的を持つドキュメントである。

4.1.2 ドキュメントの構成

EPUB日本語文書作成チュートリアルは以下の4つの章によって構成される。
  • はじめに
  • EPUBの概要
  • 制作基本チュートリアル
  • 目的別応用チュートリアル
「はじめに」はこのドキュメントに全体に関する説明であり、目的や適用範囲や用語に関する説明を行っている。
「EPUBの概要」はEPUBというフォーマットに関する説明の章である。我が国でEPUBが注目されるようになってから2年足らずという現状を踏まえ、読者にはまずEPUBについて理解して貰うことを目的とした。この章では、EPUBの持つ特徴や仕様やファイル構成などについて解説している。
「制作基本チュートリアル」は、実際に読者にEPUBフォーマットによるコンテンツの制作を体験して貰うことを目的とした章である。しかしながら、EPUB 3.0は2011年5月の勧告に向けて策定の途上にあり、EPUB 3.0のフォーマットに対応した制作ツールは存在していない。そのため、既存のオープンソースの制作ツールSigilを利用して、まずはEPUB 2.0.1のフォーマットによるデータを作成し、このデータをEPUB 3.0に適合した形に変換する、という手法を紹介している。ドキュメントの中には、Sigilの画面ショットやXHTML、CSSのコードを掲載し具体的なものになるよう心がけた。制作するコンテンツの題材には我が国の国民的作家である夏目漱石の『草枕』を採用した。
「目的別応用チュートリアル」は、前述した「制作基本チュートリアル」では触れることのできなかった、より詳細な制作の内容について、ケース毎に解説している。ケースには、「外字・異体字への対応」「縦組の出版物を作成する」「テキストの装飾をする」の三つを収録している。「外字・異体字への対応」はShift-JISのデータの外字をEPUBで表現する方法について複数の解決方法を提案している。「縦組の出版物を作成する」では、EPUB 3.0から利用できるようになった縦組や縦中横、右開きのページ送り方向を指定する方法などを解説している。「テキストの装飾をする」では、同じくEPUB 3.0から利用できるようになったルビと圏点の指定する方法について解説している。今後の改版では、読者からの問い合わせなどを契機として、この章に収録するケースを増やし、様々なノウハウを紹介できるようにする予定である。
なおEPUBは世界で広く用いられているフォーマットであるため、このドキュメントは英訳も作成し、海外のコンテンツ制作者も参照できるようにしている。

4.1.3 ドキュメントの制作にあたって

このドキュメントの制作にあたっては、EPUB WGメンバー組版やW3C関係者、フォントメーカーなど様々な有識者が参加するメーリングリストを作成し、そこで得られた要望や助言を取り入れることにした。
参照するEPUB 3.0の仕様は、2011年2月15日に発表された最初のパブリックワーキングドラフトに基づいている。そのため今後の仕様の策定に経緯により内容が変更される可能性があることを断り書きしてある。
「制作基本チュートリアル」の章では、EPUB 3.0に対応したソフトウェアがこのドキュメントの制作の時点では存在していないことが困難を生んだ。EPUB 3.0のコンテンツ自体はテキストエディタとコマンドラインツールだけでも制作可能であるが、このチュートリアルの想定する入門者には敷居が高く、何らかのツールの使用が必要であった。そのため、前述のとおり、既存のEPUB 2.0.1に対応したSigilというツールで作成したデータを、後からテキストエディタでEPUB 3.0に対応した形に編集するという方法を採用している。
EPUB 3.0に対応したソフトウェアの不在は「目的別応用チュートリアル」の執筆にも同様の問題を生んだ。EPUB 3.0を閲覧するソフトウェアが存在しないためである。そのため、この章で使用しているCSS3のコードは、これらのプロパティを先行実装しているレンダリングエンジンWebKitによるプレビューで表示結果を確認している。

4.1.4 ドキュメントの公開と今後

「EPUB日本語文書作成チュートリアル」は万人が参照できるように、 http://tutorial.epubcafe.jp/ のURLでインターネット上に公開している。EPUB 3.0に対応したコンテンツの制作方法を解説する文書としては、おそらく世界初のものであろう。仕様の策定の経過や利用者からのフィードバックを契機に改版を行い、さらに内容を充実させてゆく予定である。

4.2 EPUB日本語文書対応Reading System実装ガイドライン

4.2.1 背景と目的

このドキュメントはEPUB 3.0を閲覧するためのハードウェアまたはソフトウェアであるReading Sysemの開発者を対象としている。また一部、EPUB 3.0を制作するためのソフトウェアであるAuthoring Systemに関するがインドラインも含んでいる。

これまでのウェブの世界では、実装の異なる様々なウェブブラウザへの対応が、開発者やデザイナーにとって大きな負担となってきた経緯がある。例えばウェブブラウザ毎に実装しているCSSのプロパティが異なっていたり、同じプロパティを実装していてもウェブブラウザ毎に挙動が異なっていたりする。これと同様の問題を、HTMLやCSSを利用するEPUBも抱えていることになる。

また日本の電子書籍市場は、フォーマット自体が日本語の出版物に特化して作られ、その閲覧ソフトウェアの開発者もまた日本語組版を理解した日本人であることが多かった。しかし、ウェブブラウザやEPUBのReading Systemでは、開発者は世界中に存在しており、ウェブサイトやEPUBの中では日本語は扱うべき言語の一つに過ぎない。そのため、日本語に馴染みのない開発者に対しても、日本語組版について理解を得て貰うことが重要となる。

さらに、EPUB 3.0の仕様が規定する内容について、日本語の出版物にとっての重要度を示す必要がある。EPUB 3.0では縦書きをはじめ日本語組版に関連する一部のCSSのプロパティを利用できるようにはなった。しかしそれらのプロパティの多くは、EPUBの仕様の中で、「スタイルシートの中で利用してもよい("EPUB Style Sheets may include …") 」と定義されている。つまりReading Systemの側にとっては、これらのプロパティは実装してもよいし、しなくともよい、という位置づけなのである。EPUBの仕様には、このようにReading Systemの実装者の判断に委ねられる項目が少なからず存在している。そのため、日本語の出版物を想定したEPUBのReading Systemを開発する上では、どのプロパティを実装することが望ましいのかを示すことが必要となるのである。

このような背景を踏まえ、EPUBのReading Systemの開発者に日本語の出版物を扱う上での実装の指針を示すべく、EPUB日本語文書対応Reading System実装ガイドラインを制作した。

4.2.2 ドキュメントの構成

EPUB日本語文書対応Reading System実装ガイドラインは以下の4つの章によって構成される。
  • はじめに
  • 文字とフォント
  • 縦組と横組
  • 行の処理
  • パッケージドキュメントの処理

「はじめに」はこのドキュメントに全体に関する説明であり、目的や適用範囲や用語に関する説明を行っている。
「文字とフォント」はEPUBによる日本語出版物を表示する上で、Reading Systemが想定すべき文字と、用意するべきフォントについて解説した。この章ではJIS X 0213:2004の範囲の文字を扱うべきこと、それに対応したフォントを用意すること、フォントが縦組に対応した字形を持っていること、を要件とした。
「縦組と横組」では、日本語の出版物には縦組と横組の二通りの組み方向があることを述べ、これらを扱うためのEPUBの仕様を示した。縦書きや縦中横に対応するCSS Writing Mode Module Level 3のサポートと、縦組と横組のスタイルシートを判別するためのAlternate Style Tagsのサポートを呼びかけている。
「行の処理」では、日本語組版の行処理について指針を示した。禁則やツメ処理を扱う CSS Text Level 3の中で、EPUBで利用できるプロパティと値を明示し、実装を呼びかけている。またEPUBの仕様が定めていないCSS Text Level 3の中の一部のプロパティについても、Reading Systemの望ましい挙動として参考にすることを推奨した。このほか、ルビ文字の処理についても、望ましい挙動のロジックを紹介している。
「パッケージドキュメントの処理」では、出版物のメタデータに関する日本語出版物固有の部分について解説している。EPUBの出版物が日本語を使用している場合の判別方法や、タイトル、著者などの「読み」に関する情報を有すること、右開きと左開きの二通りのページ送り方向が存在すること、などを実際のコードを交えて解説し、開発の際に考慮するよう注意を呼びかけている。

4.2.3 ドキュメントの制作にあたって

EPUB日本語文書作成チュートリアルと同様に、制作にあたってEPUB WGメンバー組版やW3C関係者、フォントメーカーなど様々な有識者が参加するメーリングリストを作成し、そこで得られた要望や助言を取り入れることにした。
参照するEPUB 3.0の仕様は、2011年2月15日に発表された最初のパブリックワーキングドラフトに基づいている。そのため今後の仕様の策定に経緯により内容が変更される可能性があることを断り書きしてある。これもEPUB日本語文書作成チュートリアルと同様である。
このドキュメントの位置づけは、開発者のための参考情報であり、EPUBやHTLM、CSSの仕様と異なる独自の仕様を定めたものではないとした。従ってこのドキュメントに書かれた情報を利用するか否かは開発者の判断に委ねられる。独自の仕様を定めることは、EPUBをはじめとする標準との整合性が失われたり、開発者を混乱させることに繋がるからである。

4.2.4ドキュメントの公開と今後

「EPUB日本語文書対応Reading System実装ガイドライン」は「EPUB日本語文書作成チュートリアル」と同様に万人が参照できるように、 http://guide.epubcafe.jp/ のURLでインターネット上に公開している。仕様の策定の経過や利用者からのフィードバックを契機に改版を行い、さらに内容を充実させてゆく予定である。

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