日誌 =世界のブラウザが縦書きになった理由=

文責:下川和男

2009/10 Hon.jpニュース(塩崎さん、落合さん時代)で、Open eBook Forum(OEBF、後出)がInternational Digital Publishing Forum(IDPF)という民間主導の組織で再開され「EPUB」フォーマットを知る。当時、海外情報を日本語で読めるのは、このサイトしかなかった。HTMLとCSSなので「筋が良い」と思い、OEBF同様、日本語化の検討を開始。

2009/11 日本電子出版協会(JEPA) EPUB研究会 発足

2009/12 仕様策定には英語力と技術力を併せ持つリーダーが必要なので、日本マイクロソフトCTOの加治佐さんに相談JLREQ策定メンバーでもある部下の阿南さんにお願いしたいと言ったら、阿南は管理職になり忙しいので、村田さんに聞いてみようかと言われビックリ。そんな大物に!と思ったが、後日、OKとの返事があり、村田さんと組むことに。

2010/02 EPUBの策定組織であるIDPFにJEPAが参加

    02/19 来日中のDAISY George Kerscherさん、Markus Gyllingさんと日本財団ビルで会い、EPUB日本語拡張について説明する。DAISY河村宏さん同席。策定責任者はMakoto Murataと伝え、Markusが驚く。George(その後、IDPFのPresidentに就任)は全盲で盲導犬を連れての来日。この場で、縦書き、ルビなど日本語組版を説明。欧米人からは奇妙で処理が面倒な「縦中横」は鞄から日本経済新聞を取り出し、赤丸を付けたら、1面だけで10個近くあり、多用されていることを理解してもらった。

     02/28 (村上) Webと電子書籍の日本語表示の改善のために

2010/03/26 (村田)ストックホルムでMarkus Gyllingと初めて会う。ISO/IEC SC34韓国・SC34中国の代表も 含めて、EPUBのアジア言語対応について懇談。 MarkusがRELAX NGNVDLのファンであることが分かった。 この時点で、EPUBのSC34での国際規格化も話題になる。

    (JEPA三瓶事務局長) 国立国会図書館(長尾真館長、電子情報部 中山部長)から調査予算200万円を確保。この資金で活動が活性化。

    (下川) Google、Amazon、Appleに電子出版フォーマットについてヒアリング。日本語拡張仕様は本社と調整する関係で「英文」にして欲しいとの要望があった。

    03/17 第1回 三省デジ懇 民主党政権だったので総務省、経産省、文科省が合同で出版物のデジタル化を推進することになり、懇談会が組織された。総務省 情報流通行政局 情報流通振興課 安藤課長松田統括補佐白石さんなどが担当。

    03/24 電書協 発足 出版社のデジタル化推進団体

 03/27 (下川)講談社(電書協会長会社)を訪問し、吉羽さん、吉澤さんに要求仕様の経緯や概要を説明。

2010/04

    04/01 (村田、井野口、高瀬) JEPA 14項目の要求仕様 Minimal Requirements on EPUB for Japanese Text Layout発表 

    04/06 IDPFから発表された新EPUB WGサイトで、JEPAの14項目の要求仕様が唯一参照される。

    04/07 (村田、井野口、高瀬) JEPAでEPUB日本語拡張説明会を開催。200名弱が参加。

    04/15 (下川) デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会 第1回 技術WTにて、電子出版フォーマットと EPUB、JepaX を発表。【10年以上前のWebサイトを公開し続けている総務省は素晴らしい】

EPUBはHTML、CSSなどをzipでまとめたもの

村上真雄氏資料より

2010/05

    05/03-04(村田) ソウルにてCJK(中国・日本・韓国)ワークショップ。EPUBのCJK対応拡張について村田が説明し、専用のサブグループを設立すること、そのリーダとして村田が就任することを打診する。

    (村田) あらゆるチャネルを通じて、台湾のEPUB関係者に連絡をとる。【台湾は日本と共に縦書き文化が残っている。中国と韓国は新聞も雑誌も書籍もすべて横書き。中国は魯迅時代(1930年代)に横書き運動で漢字が横に並んだ。

    村上真雄さん、策定メンバーに参加

    05/21 (村田) デジ懇 第4回 技術WTにてEPUBの日中韓対応拡張を目指して バックドア発言(7頁)

2010/06

    06/15-16 ニューヨークにて、EPUB WGの第1回の対面会議EGLS(Enhanced Global Language Support)サブグループが設立され、村田がリーダに就任する。

    06/01 (村上、村田) EPUB仕様の日本語組版拡張を目指して(Version 0.8)

    06/08 第2回 三省デジ懇 EPUB vs XMDF、ドットブック (4頁)

    07/09 電流協 発足 大日本印刷、凸版印刷など印刷・流通系のデジタル化推進団体

2010/08

    08/03-04 IDPF Enhanced Global Language Support sub-group(EGLS) 札幌会議 まとめ1まとめ2まとめ3村上メモ      

    総務省は1社ではなくグループを作らないと予算を出さない方針で、2社(SONY野口さん、ポイジャー萩野さん)を誘ったが「EPUB」のグループ化が行えず、総務省への提案を断念【これがいちばん困った】 出版社主導の「交換フォーマット」など6グループが受託。

2010/09

 小林社長に村上さんと私が呼ばれ「村上はこの半年、会社の仕事をせず、EPUBばかりやっている」と言われ、村上さんが仕様策定に参加できないことに。村上さんの紹介で石井宏治(現Google)さん が参加 【この辺りがW3C標準の良いところで、全てを公開の場で議論し、誰でも参加できるので、フラットなWebで良い意見を言った人が重用される。高校生のfantasaiはNetscapeに苦情を言い注目され、現イースト高瀬もEPUB 2仕様書の日本語訳で業界デビュー】

    09/25-10/04 (fantasai、石井、村上、村田、小林龍生ほか) 東京代々木のイースト4C会議室で集中検討し CSS3 Writing ModesCSS3 Text Editor's Draftを策定

2010/10

    10/05-07 IDPF EGLS 台湾会議 まとめ1まとめ2

    10/18-20 サンフランシスコにて、EPUB WGの第二回の対面会議。EGLS台湾会議の結論がほぼそのまま採用される。

    総務省 松田統括補佐から連絡があり、8.3億-6億(6グループ)の残り分から、8300万円でEPUB応札が可能になる。

2010/11

    (Fantasai, 石井、藤沢) W3C TPAC会議 村上メモ

    11/17 総務省 電子出版環境整備事業 「EPUB日本語拡張仕様策定」イースト、JEPA、アンテナハウスが、支持を得て受託 【総務省は団体(JEPA)が代表機関になることを望んだが、三瓶事務局長の「JEPAは政府のお金をもらうような団体にはしたくない」との方針で、イーストが代表となった】【10月に発注のはずが、事業仕分けに予算として16億円のセットになっていた「電子案山子」がひっかかり1カ月遅れた。

 早稲田大学 山名先生に座長をお願いし、専門回会議を組織。

    11/21 (McCoy、村田、小林徳滋、井芹、下川) W3C村井先生と意見交換(CSS3仕様策定)

    11/22 (McCoy、村田、小林龍生、石井、・・) EPUB紹介セミナー

2010/12

 12/02 (Fantasai、石井、村上) W3C CSS Writing Modes Module Level 3の最初のWorking Draft

 WebKitが縦書きを実装しているとの情報が関係者に流れる(後日、Apple木田さんがDave Hyattに直談判したことを知る)

2011/01

    01/11-12  クパチーノ(木田)にてEPUB WGのwriting partyを開催し、EPUBにおいてどの範囲のCSSを採用するかを決める。

    01/19 (イースト) プレスリリース EPUB日本語拡張仕様策定により、ブラウザーでの縦書きが進行中

    01/27 (加治佐、小林、藤沢(キヤノン)、山本、・・) Unicode推進セミナー

2011年1月には、WebKitに日本語組版が実装された。サンプル文書は「草枕」

2011/02

 Bill McCoyさんがIDPFディレクターに就任。彼はAdobeでPDFを統括していて、イーストはAdobe PDF Libraryを販売していた関係で旧知。【本社のVIPは日本支社の担当を連れて来社することが多いが、彼はいつも一人。「日本ではケータイコミックが流行っているが、Adobeはどうすれば良い」など議論し、飲み会なしでサッと帰っていく。

 02/01 (fantasai、石井、村上) W3C CSS Writing Modes Module Level 3の二回目のWorking Draft

 02/18 EPUB3レビュー@イースト     02/23 第2回EPUB3レビュー@イースト

2011/03

 03/7-9 (fantasai, 石井) W3C CSS WG 対面会議 Mountain View

 03/10-12 EPUB台湾会議村田、小林龍生、木田、藤沢、楠、高瀬、押山、柳、宮崎、・・・(まとめ1まとめ2) 【帰国前日に東日本大震災が発生】

 Google Chrome 10 PC版、Mac版 日本語拡張仕様に対応

 03/18 村田さんの発案で、EPUB推進サイト epubcafe.jp を開始。 

 03/22 (村田、小林徳滋、高瀬、加藤、・・・) EPUB成果報告会 チュートリアル 実装ガイド

 03/31 総務省 電子出版環境整備事業 最終報告を公開。7番目の事業として採択されたが、2番目になっている。

2011/04

    04/28 (Fantasai、石井、村上) W3C CSS Writing Modes Module Level 3の三回目のWorking Draft

    04/11 第3回EPUB3レビュー @イースト

2011/05

    05/23 IDPFがEPUB3のproposed specificationを公開

    05/30 (石井) 次世代電子出版とWeb 表現技術フォーラム(CSS)東京 (翌日、京都で開催) 

   05/31-06/01 (fantasai、石井、村上) W3C CSS WG対面会議 京都     05/18 Line Grid検討会

    05/31 (fantasai、石井、村上) W3C CSS Writing Modes Module Level 3の四回目のWorking Draft

2011/06

    06/06-10 Apple World Wide Developer Conference(WWDC、San Francisco)    Mac OS X LioniOS 5を発表、ともに最新WebKitが入るので日本語組版が実装される。

2011/07

    07/20 Mac OS X Lion 全世界でダウンロード販売を開始

    07/21 Mac版、PC版Safari 5.1 日本語拡張仕様に対応

     (Fantasai、石井) W3C CSS WG対面会議シアトル 

2011/08/03(イースト)EPUB3コンテスト結果発表、授賞式 賞品はiPad

2011/09 JEPA関戸会長からMicrosoftGoogle本社のブラウザ技術責任者宛てに「EPUB 3」実装要請書を送付

2011/10/11 IDPF EPUB3.0仕様確定を発表


 【前史】

1999/01/27 最初のW3C縦書きドラフトInternational Layout in CSS

1999/03/05 Open eBook Forum(OEBF、現IDPF) Chicago会議New York会議にイースト渋谷が参加。縦書き、ルビ、行間調整などを日本から提案し、行間調整のみ採用される。 JEPAセミナー1 JEPAセミナー2

1999/09 OEBF EBPS1.0(EPUB1.0)を発表 NIST+Microsoftが推進 交換フォーマット

2000/07 IE 5.5 縦書きを実装

2004-2007-2009 (小林龍生、JAGATなど) Requirements for Japanese Text Layout(JLreq)策定

2007/09 IDPF EPUB2.0を発表 SONY+Adobeが推進

2009/10/12 (高瀬) Open Publication Structure (OPS) 2.0 v1.0 日本語訳、Open Packaging Format (OPF) 2.0 v1.0 日本語訳


【幸いだったこと】

村田真さんがプロジェクトを統括 「電子書籍フォーマットEPUBと日本語組版
 やったのは「a11y(accessbility)とi18n(internationalization)」ブラウザを日本語化したわけではない!

Elika(fantasai)さんの世界の組版に対する熱意。突然の来日と10日間イースト4C会議室にカンヅメ(CSS3仕様策定)

・国立国会図書館からの電子書籍フォーマット調査予算の提供 (これで2010/08札幌会議を開催)

・総務省が、6グループから漏れたにもかかわらず、声をかけてくれて受託 (選考委員6名全員賛成)

村上真雄さんから石井宏治さんへのスムーズな移行と、石井さんの活躍(村井先生、総務省:次世代ブラウザ、継続予算)

W3C村井先生の理解(2015年HTML5確定、日本語組版仕様策定を前倒し)

小林龍生さん達とJAGATの労作、JLREQの存在(この発端もfantasai)

WebKitでの採用(木田さんの努力「やれることはすべてやった」、fantasaiとDave Hyattの信頼関係)

・2012年、角川書店 新名さんの判断と主導による「電書協EPUB 3制作ガイド」(石津さん)の策定

【困ったこと】

・当時の出版社側の推進者が国際標準やインターネットに疎く、XMDFIEC62448 Ed.2 Annex Bにし、世界に通用しない標準を推進したこと。IEC TC100USBの標準化などを行うグループで日本の家電企業が多数参加し、日本からの標準が通りやすい。2007年にSONYが電子書籍フォーマットを持ち込み、2009年にAnnex BとしてXMDFが入った。誰も使っていない国際標準はたくさんある。交換(中間)フォーマットも現在は使われていない。危うく「ガラパゴス」になるのを方向修正したのが新名さん。

【四面楚歌でのEPUB推進だったので、WebKitに入った時は嬉しかった。なのでサンプル文章は「草枕」。後年、Nat McCullyさん達の、Adobe InDesign日本語版も岩波書店 漱石全集「草枕」の組版実現を目指したと知り驚く。】

・委員会での「バックドア」発言、「あなたはなぜEPUBをやるのか」発言(総務省議事録未収録)など。

・本来、3年間は総務省予算がでるのだが、東日本大震災が発生し、2011、2012年の予算が復興用となり、経産省主導で10+10億円が「緊デジ」になり、資金不足に。

【その後】

2012/04-13/03 経済産業省 コンテンツ緊急電子化事業(緊デジ) 事業総額20億円 6万点(10億円)

2012/04/02 出版デジタル機構 設立 資本金39億円 植村社長12/05 野副社長14/06 新名社長17/02 メディアドゥ

2012/06/21 電書協 EPUB3.0日本語組版要望表 2012/09/11 電書協EPUB 3 制作ガイド

2012/10 資金難となる:東日本大震災で、2010年度の単年度予算となったため

2013/夏 EPUBのISO国際標準化:韓国政府がデジタル教科書の国際調達のために推進

2017/06~ APLによる、大手出版社4社とW3C慶応大学の連携(国際仕様の堅持と発展)

2018/09/18-19  APLシンポジウム「伝統を未来へ、組版の国際化」 関係者勢ぞろい、写真、映像付き 【この翌日、DNPで午前中に会合を持ったがfantasaiがコンビニ🍙を持参し、開け方が分からないでいたので教えてあげた。私が彼女に教えてあげられるのは、そのくらい。】

2018/10/03 グッドデザイン賞を受賞 「縦書きWeb普及委員会

2022/02  サイトを再公開 総務省サイト村田さんTogetterは残っていた。kazkazさんのブログは消滅。Internet Archiveに感謝。

2023/01 W3Cが公益非営利団体として再始動(fantasaiとFlorianが貢献)Florianさん講演映像

2023/05 アクセシビリティを高めたEPUB 3.3がW3C勧告に 高見さん講演映像

2024/03 講演:ルビの重要性と国際標準化 ルビ財団・Florianさん

2024/03 講演:各社のEPUBリーダーは、現行CSS仕様やアクセシビリティをどれだけサポートしているのか?


以下の通り「コンテンツと配信ビジネスの分離」により市場が活性化。EPUB 3はDAISY規格を包含しているのでアクセシビリティ(a11y)も高まった。村田さんとfantasaiはEPUB(ブラウザ)を「日本語対応」ではなく「国際対応」(Internationalization、i18n)させた。Webの世界ではマイナーで厄介な言語のみの対応は、受け入れられない。ルビなどの仕様調整は、Florianさん高見さんなども加わり、現在(2022年)も続いている、

世界の様々なEPUBリーダーやデバイスで、縦書き、ルビなどの日本語組版を実現させ、紙の出版物の流通では考えられなかったほど広汎な国・地域を含めた全世界に日本の出版物を発信することを可能にし、よって市場の拡大を目指す。 (JEPA三瓶事務局長:2010/10 総務省提案資料より)

コンテンツと配信ビジネスが分離でき、フォーマットも統一でき、日本の電子出版が活性化した。

撮影:吉井順一(講談社)
APLシンポジウム2018/09/19

総務省:松田さん、村田、下川 JEPA30周年パーティー 2016/09/14

村田、Bill McCoy、Yongsung Cho 

撮影:田村恭久 (上智大学) W3C会議 2014年頃